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中華民国とベトナム戦争
さて、「中華民国とベトナム戦争」を解説する前に、中華民国が建国された経緯を知らないとならない。
実はこの中華民国とはイギリス(日本政府)・ロスチャイルドの敵国のアメリカ(GHQ)側の国なのだ。
1840年代のアヘン戦争や1850年代のアロー戦争によって中国を侵略したイギリス・ロスチャイルドであったが、
1911年に生じた辛亥革命によってイギリス・ロスチャイルドによる中国支配は終焉し、アメリカ(GHQ)が中国を支配したのだ。
日本政府が1932年に中国東北部に満州国を建国させ、清国最後の帝王であった溥儀を満州国皇帝として招いたのも、全ては中国での利権を失いたくないイギリス(日本政府)・ロスチャイルド側の思惑であったのだ。(中華民国並び、満州国に“非ユダヤ(原住民)”側の代表をキャスティングさせる事で政治干渉が生じないようにと謀ったのだ)
そして、イギリス(日本政府)・ロスチャイルド側は政敵のアメリカ(GHQ)側の中華民国を崩壊させる為に、毛沢東に投資を行い毛沢東に中国共産党を創設させたのだ。
戦後、イギリス(日本政府)・ロスチャイルド側は中華民国を倒すべく、中国共産党に投資を行い、内戦(国共内戦:国民党と共産党との戦争)で共産党に勝たせイギリス(日本政府)・ロスチャイルド側の意図通りに中国共産党に中国大陸の主権を握らせる事に成功したのだ。
そして、イギリス(日本政府)・ロスチャイルドは中華民国の蒋介石を打倒する為に“ベトナム戦争”を画策し、ベトナム戦争に於いても中国共産党が勝てるようにと謀り、1975年、中華民国側の南ベトナムは、中国共産党側の北ベトナムに敗北しベトナム戦争は終結したのだ。
※ベトナム戦争が終結した1975年4月、時期同じくして蒋介石が死亡したのはベトナム戦争敗戦による政治結果であった。
